イラン攻撃とホルムズ海峡問題から見えてくるものは何か? 紛争の時代に求められる「法の支配」と「平和の文化」

現在、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃に端を発した中東情勢に世界は翻弄されています。また、ロシアによるウクライナ侵攻をはじめ、かつての国際的な規範が揺らぐなか、力によって現状を変更し自国の利益を最優先しようとする「自国中心主義」が加速しています。かつては“遠い国の出来事”に過ぎなかった紛争は、今や物価高騰などを通じて、私たちの日常生活を直撃する「自分事」となっています。

不透明な時代において、何が問われているのか。日本が果たすべき役割とは何か。そして、私たち一人ひとりが平和のためにできることは何なのか。今回は、国際法と平和学の視点から現代の危機を見つめ続ける中山雅司教授に、中東情勢から見えてくる課題や日本の役割、一人ひとりのなかに「平和の文化」を築くことの重要性について聞きました。

編集部:近年、ロシアからウクライナ、アメリカからイランへと、一般的な感覚として「急になぜ?」と驚くような武力攻撃が続いています。こうした争いが頻発している背景には何があるのでしょうか。

 

中山先生:たしかに、今の社会は対立や分断が一層深まっていると感じます。もっとも戦争や紛争は今に始まったことではなく、古くから絶えず繰り返され、日本もご存知のとおり、いくつもの戦争を経験してきました。しかし、第二次世界大戦後、それまでの反省を踏まえて国連が誕生し、そこで他国に対する武力行使や威嚇を禁止することが明確に定められ、国連憲章にも規定されたわけです。それによって戦後は国際社会においても「法の支配」が一定程度機能し、武力行使をする場合も安全保障理事会の決議や自衛権などを根拠に合法性を確保しようとする意識が働いていました。しかし、近年は武力行使をいとも簡単に実行してしまっている。国家としての「規範意識」が非常に薄れてしまったように感じます。

 

編集部:それはやっぱり国のトップの資質というか、考え方によるものなのでしょうか。

 

中山先生:正直、それは大きいと思います。特に最近はロシアやアメリカといった、国連の安保理常任理事国である大国の指導者が判断を誤っているというか、非常に「自国中心主義」に偏っているように思います。国家が戦争をするには、やはりそのトップが判断して攻撃に踏み切るわけですから、敵対する勢力を力づくでねじ伏せることを躊躇しないタイプの人物がトップに立てば、紛争の危険性も高まりますよね。でも少なくとも民主主義国においては、国のトップを自分たちで選ぶことができるわけですから、私たち一人ひとりが「軍事力による問題解決は良くない」という意識をしっかりと持ち、「力による平和」を厭わないような指導者を「選ばない」ということも大事ではないかと考えます。

 

編集部:国連憲章が守られていない上に、今、国連は紛争を止めることも、仲裁することもできない状態になっていると聞きます。このままの状態が続くと、国連の役割や存在意義が弱まってしまうのではないでしょうか?

 

中山先生:本来は今のような紛争が起きたときには、国連、特に安全保障理事会が中心となって対処することが想定されています。ただ、今は常任理事国であるアメリカやロシアが攻撃を仕掛けているわけですから、安全保障理事会が何かを決めようとしても、当然拒否権が発動されて何も決まらないわけです。そういう意味では、今、国連は機能不全に陥っている状態だといえるでしょう。ただ、国連には経済的、社会的、人道的分野に関するさまざまな機関もありますし、開発援助や人権問題に大きく貢献してきた実績もあります。その意味では、多国間協調にもとづく普遍的な機関としての国連の役割は一層重要といえます。また、ヨーロッパや中小国をはじめ、現状を決して良く思っていない国々もあるわけですから、日本を含め、そういう国々が協力して声を上げていくことも大切だと思います。

SNSやAIがもたらす戦争の“ゲーム化”という脅威

編集部:近年は大国の指導者による権力の濫用とともに、民主主義自身も問われている気がします。

 

中山先生:確かに暴力で政治目的を実現しようとする指導者も増えましたよね。他国民から見れば「なぜこの人を国のトップに選んだのだろう」と疑問を感じることもあると思います。そこには「ポピュリズム」という政治思想や活動があって、貧富の格差といった社会の不満を利用して既成の権力構造やエリート層を批判し、自分はそうした社会を変えられるリーダーであるのだと訴えて支持を広げ権力を握っていくのです。そういう意味では、今後、指導者を選ぶ国民一人ひとりがもっと賢く、幅広い観点から票を投じ、リーダーを選択するようになっていかなければいけないと感じます。

 

編集部:今は選挙に関しても、政治家に関しても、そして社会の諸問題に関しても、メディアでもネットでも情報が溢れていますので、正しい知識や視野を身につけたり判断することも難しいなと感じるのですが……。

 

中山先生:確かに、今はSNSなどでフェイク情報やデマが流されることも多く、それが大きく人の心を惑わせる要因になっていると感じます。SNSは便利ですが、情報の真偽を見極めないまま利用すると危うい面もあるツールだということを常に意識すべきでしょう。また、今はAIが急激に進化し、人が介することなく、AIが敵と判断すれば自ら攻撃をしたり、ドローンを用いて安価で自国兵士の犠牲を抑えながら攻撃できるようにもなっています。それが「当たり前」になってくると、リアルに人を殺め、傷つける戦争がテレビゲームと同じ感覚になってしまう恐れもあると思うのです。その結果、罪のない一般市民が犠牲になっていることが何よりも問題であると思います。こうした現状を考えると、今後はSNSやAIに関する法規制や倫理の問題なども考えていかなくてはならない時代になっていると思います。このことは、科学技術の進歩が人類にとって善にも悪にもなりうることを示唆しているように思います。その究極が核兵器です。

 

編集部:このような環境の中で、私たちはこれからも平和を維持するために必要な正しい知識や視野をどのように身につけていけば良いとお考えですか?

 

中山先生:私はやはり教育、とくにグローバルな教育、平和教育が重要だと考えています。ユネスコ憲章の前文で「戦争は人の心の中で起こるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」とあるように、私は戦争も社会現象も原因は人の心の中にあり、人間の中身が変わらない限り暴力がなくなることはないと思っています。だから生命の尊厳という正しい価値観に立って、暴力ではなく対話や協調によって対立を乗り越え平和を目指そうとする“平和の文化”を一人ひとりの心の中に築いていかなくてはならない。

なぜ日本はホルムズ海峡を通過できたのか?「危機の時代」に日本が果たすべき役割

編集部:ロシアやアメリカによる武力行使により、今、世界中で物価上昇などさまざまな影響を受けています。そうした状況を変えるために、日本はどのような役割を果たしていくべきだとお考えですか?

 

中山先生:外交的な観点でいうと、日本はイランともイスラエルとも結構パイプを持ち、長く良好な関係を築いてきたという実績があります。また、経済大国だった時代には開発援助を通じて、国際社会に大きく貢献してきた実績もあります。それもあって、多くの国の船が足止めされているホルムズ海峡において、イランからの正式な許可を得た日本企業の船が通過を許されるといったこともあるわけです。日本には過去のこうした財産のほか、世界に誇れる技術力もあります。また唯一の戦争被爆国として憲法に基づく平和主義国家でもありますから、こういったことを旗印に国と国とをつなぐ橋渡し役を担う、あるいはリーダーシップを取っていくことが大事なのではないかと思います。

 

編集部:世界の橋渡し役としての役割を担うためには、日本人特有の“内向きな意識”を変える必要があると思いますが、そのためにやるべきこと、心がけるべきことを教えてください。

 

中山先生:たしかに日本は島国で、他の国々とは海を隔てていますから、どうしても内と外という意識が強く「自分たちが平和で安心して暮らせればよい」といった内向きな発想になりがちです。それを防ぐためにも、もっとグローバルな視点・意識を身につけていく必要があると思うのです。そのために、まずは世界の出来事に目を向けること、そして「現実」を知るためにできれば海外にも行き、現地の人々と触れ合うなど生活をする機会を持ちましょう。正直、諸外国に比べても日本ほど安全で、ライフラインも整備されていて、生きていくうえでのトラブルに巻き込まれる可能性が低い国はありません。でも日本人にとってはそれが日常の「当たり前」なので、平和の大切さが見えなくなっているように思うのです。世界には紛争はもちろん、日々の食事や水の確保にも苦労している国がたくさんあります。日頃からこうした世界に目を向ける、関心を持つことで、そこで暮らす人々の思いや、痛みや苦しみを理解する。そういう共感力を身につけることが重要ではないでしょうか。

 

編集部:その一方で、近年、世界的な潮流とも呼応するように、日本国内でも自国の利益やアイデンティティを最優先する「自国中心主義」的な主張が目立つようになっています。こうした社会の動向をどう分析されますか?

 

中山先生: 国家の指導者が自国の安全や国民の生活を第一に考えるのは、主権国家として当然の責務です。しかし、自国「だけ」の利益を追求する内向きな姿勢は、結果として国際的な孤立を招き、自国の首を絞めることにもなりかねません。「自国が大事」という感情が、他者への不寛容や排外主義へと極端に振れてしまえば、そこからは対立と分断しか生まれないからです。世界は相互依存の上に成り立っており、とくに資源に乏しいわが国にとって、今回のイラン問題は、中東での紛争が私たちの生活に直接影響を与えることにあらためて気づかせてくれました。国際社会が「法の支配」と国際協調の精神に基づき、多様な価値観を包摂(ほうせつ)していくことで初めて、私たちの平和も守られます。日本を大切に思うからこそ、異文化への理解を深め、他者への共感力を養う。そうした「開かれた視点」を持つことが、紛争を未然に防ぐための知恵と言えるのではないでしょうか。

まとめ

「国連の常任理事国であるロシアやアメリカ。本来であれば模範となるべき国自身が戦争を仕掛けていることに危機を感じます」と、中山先生も話すとおり、今、全世界が予想もしていなかった武力衝突に驚き、心を痛めている人も多いのではないかと思います。

 

これまでは、正直、戦争を「海を隔てた遠い国で起こっていること」と感じていましたが、中山先生のお話を聞いて、やはり私たち一人ひとりが平和について考え、「戦争や暴力はいけない」と声をあげていくこと、そのために「自分たちが良ければいい」という“内向きの意識”を変えていかなくてはいけないと痛感しました。

 

今起きている争いのこと、他国の文化や歴史、そして私たちの国のリーダーを選ぶ選挙のこと……まずは正しく学び、正しく知ることから始めてみませんか?

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ページ公開日:2026/05/29

プロフィール

中山雅司

法学部 教授

中山雅司

専門分野
国際法、国際機構論、平和学
主な学歴・職歴
  • 創価大学大学院法学研究科博士前期課程修了。
  • ナイロビ大学客員講師、ハーバード大学客員研究員などを経て、2003年より現職。国際法や平和学の観点から、現代の国際紛争に関する論評活動なども行う。近著に『国連入門:理念と現場からみる平和と安全』(筑摩選書)などがある。