物価高の今、あえて「価格以外」で選ぶ理由。1枚のTシャツ選びから考える、これからの“本当にいい会社”の条件とは?

「売り手よし、買い手よし、世間よし」。商売の心得として知られる「三方よし」ですが、SDGsが当たり前になった今の時代、それだけでは「不十分」だということをご存知でしょうか。

私たちが普段、何気なく手に取っている安価な製品。その裏側では、環境への負荷や過酷な労働といった「誰かの犠牲」が隠されているかもしれません。

かつてのように「いかに利益を得るか」だけを追求する企業は、いまや投資家からも、高い意識を持つ「SDGsネイティブ*」の学生からも選ばれなくなっています。

これからの経営に求められるのは、従来の三方に「働き手」と、「未来」や「次世代」への視点を加えた「五方よし」の知恵です。

今回は、環境問題と財務の関わりを長年研究し、「環境問題解決には“ヒト”の視点も欠かせない」と語る野村佐智代教授に、社会に浸透しつつある企業評価の“新基準”と、不確実な時代を生き抜くための企業のあり方について聞きました。

*2015年のSDGs(持続可能な開発目標)採択後に義務教育を受け、社会課題の解決を「当たり前の価値観」として学び育った世代のこと。学校教育を通じて高い意識と専門知識を身に付けており、就職活動での企業選びや日常の消費においても、その企業の社会的姿勢を重要な判断基準にする傾向がある。

編集部:先生はこれまで環境問題の視点から「企業とお金」に関する研究に取り組んでいらっしゃいますが、今後はそこに“ヒト”の視点を入れた研究を進めていく予定と伺いました。

 

野村先生:私の学問のベースは「財務管理論」、つまり、企業のお金の面に関する研究になります。その中でも特に力を入れていたのが、環境問題に取り組むための資金調達や、環境への取り組みによって企業の評価がどう変わるかといった環境の視点からの研究です。でも今後は、少し間口を広げて「ステークホルダー」という部分……企業や組織の活動によって影響を受ける“ヒト”の視点からも企業を見ていきたいと考えています。それによって各企業の経営スタイルをしっかりと確認していった時、それが企業の評価や、財務の部分にも関わってくるのではないかと思いますし、とても興味を感じています。

 

編集部:これまでの研究に、さらに「ヒトの視点」を加えようと思われたのは、何か理由やきっかけがあったのでしょうか。

 

野村先生:近年、世界的に「ESG経営」「ESG投資」といった経営スタイルや投資の手法が浸透しています。ESGとは「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(ガバナンス)」の3つの単語の頭文字を合わせた言葉で、今では企業が常に成長し続けるために欠かせない3つの要素だともいわれています。企業として地球環境問題や人権問題などの社会的な課題にどう取り組んでいくか、そして不正や法令違反などを防ぐために企業統治をどう行っていくか――今では投資家による企業への判断基準にもこのESGが深く関わっています。環境問題も、人権問題などの社会課題も根底には“ヒト”が大きくつながっていますから、やっぱり「ヒトの視点」から企業活動を見ていくことが重要なのではないかと考えたのです。

 

編集部:確かにこれまで安価な製品を生み出すために貧困地域の人たちに重労働をさせる、環境を無視した生産を続けるといった人権や環境の問題が指摘されてきましたよね。

 

野村先生:私のゼミでもここ数年、学生たちとサステナブルファッションの研究を行っているのですが、その中でも、例えばTシャツを1枚作るにも大量のCO₂を排出していたり、水を大量に使っていたり、非常に環境に負荷を与えているという現実が見えてきました。また、自分たちが普段着ているお手頃価格の衣類も、バングラデシュをはじめとした貧困地域の人たちを低賃金で働かせて作られていたりもするわけです。そういった問題点に学生たちも気づき始めていますし、私自身も再発見させられる……そういった事例に触れるたびに、やっぱり環境とヒトの問題は切り離して考えることはできないと感じるのです。

 

編集部:先ほどお話いただいた「ESG経営」は、やはり今、日本企業においても意識が高まっているのでしょうか。

 

野村先生:今は「ESG投資」という考えが浸透していて、資金を提供する側がその点に着目した投資スタイルを取るようになっています。つまり、「社会的な問題や環境に配慮していない活動をしている企業には投資をしない」という流れになっているのです。それもあって、日本企業においてもESGへの意識はかなり高まっていますね。実際、今は、金融市場という資金調達をする場において、投資家が収益性はもちろん考慮しつつも、ESGの側面から企業を監視しているような状態ですし、企業としても本腰を入れて取り組んでいかないと、自社の安定した経営継続に影響が出てしまいますから。そういう意味では、そこで市場からのガバナンスが働いているともいえますね。

「存在意義=パーパス」が企業価値を決める⁉

編集部:最近、各企業がどんな環境活動に取り組んでいるか、どのような社会活動に協力しているかといったメッセージを発信しているのを良く見かけるようになりましたが、それもESG経営の一環なのでしょうか。

 

野村先生:もちろんその流れもありますが、それにプラスして「パーパス」、自分たちの会社がなぜ存在しているのかという、その企業の存在意義を提示するという動きもあると思います。以前は、広告などでも自社の商品やサービスの魅力を中心にアピールしていましたが、今は商品を開発した経緯や、その商品をもとにどのような社会問題、環境問題に貢献していくのかといった社会背景を語るケースが増えています。また、先ほどのESG投資にもつながりますが、投資家や様々なステークホルダー(利害関係者)に向けて提示する「統合報告書」でも、今は財務情報とともにパーパスを含めた「価値創造ストーリー」を提示しなければならないという状況です。ですので、企業側としても自社の存在意義や価値をどう語っていくか、真剣に考える必要があります。

 

編集部:企業活動において、環境問題や人権問題に真剣に取り組むことがいかに重要なのかがわかりました。この流れは今後ますます加速していくとお考えですか?

 

野村先生:ひと昔前は、環境問題や社会問題に取り組むということはコストがかかることだと考えられていました。CO₂の排出を減らすためには新しい設備を入れなくてはいけない、また働き方を見直せば、新たな人件費がかかる可能性がある――そう考えられ、後回しにされていた時期もあったと思います。でも今は、地球環境や社会問題を考えた活動を通じて、新しい商品や技術が生まれ、それによって経済性が高まり、社会的課題の解決にもつながるといった「CSV(Creating Shared Value)=共通価値を創造していく」という考え方が大企業を中心に浸透しており、今後もこうした考えに基づく活動を展開する企業が増えていくのではないでしょうか。

 

編集部:大企業はESG経営、パーパス経営へと切り替えるのもスムーズにできると思いますが……中小企業にこうした考えを浸透させ、実践へとつなげるのは、なかなか難しい部分も多いのではないでしょうか?

 

野村先生:正直、今のように経済状況が不安定な中では、中小企業はどうしても足もとの経営に目が向きがちで、SDGsという部分にまで取り組む余裕がないというところも多いと思います。そうした中にあっても、例えば経営者が「なぜこの会社が誕生したのか」「この商品を通じて社会にどう貢献したいのか」といった思いを提示する、そしてその取り組みの中で従業員を大切にしていく、少しでも余裕のある会社であれば、環境問題に目を向けて省エネに取り組んでいくなど、できることもあるはず。ESGやパーパスといった本格的なものではなくても、こうした「できること」に目を向け、取り組んでみることも大切だと思っています。

SDGsへの取り組みが中小企業の「強み」になる可能性も

編集部:中小企業は経営的になかなかSDGsに取り組めないといった可能性もありますが、一方でトップの思いひとつで経営方針を変えられるフットワークの軽さもありますよね。

 

野村先生:実は、私はそれが中小企業の「強み」だと思っているのです。大企業だと経営方針を変えるまでにはさまざまな人が絡み、合意を得るまでのレイヤー(階層)が多く、トップに意見を届けるのにも苦労しますが、中小企業の場合、社員とトップの距離が大企業よりも近いことがあり、トップの意識一つで大きく企業としての方向性が変わる可能性もあります。だから環境問題について考えていきたい、社会に貢献したいという意識が強い学生などは「自分がやりたいことに早く近づける」という理由で中小企業への就職を選ぶケースもあると思います。実際、私のゼミで学んだ学生の中にも、そういう考えで就職先を決めた人もいますよ。

 

編集部:そうなると今後は、売上をあげる、経営を維持するということでなく、「優秀な人材を確保する」という側面からも、環境や社会問題への取り組みや姿勢をしっかりと発信していく必要があるかもしれませんね。

 

野村先生:今は「SDGsネイティブ」と言われる学生たちが大学で学び、専門的な知識を身に付け、社会に出ていきます。実際、授業で学生たちに接していても非常に意識が高いなと感じますし、就職活動においても、各企業のSDGsへの取り組みについてもしっかりチェックしている学生もいます。私も「トップが何を語っているかをきちんと見るように」と伝えていますし、環境や社会に対してどのような点に力を入れているのかを見る・分析する手法も教えています。学生たちの目もかなり厳しくなっていると思いますので、人材を確保するためにも、しっかりと「社会の公器」としての企業の想いを伝えていく必要があるでしょうね。

 

編集部: SDGsの目標設定を機に日本企業の経営意識は売上重視から環境問題や社会課題解決にも目を向けた経営へと大きく変わりましたが、今後はさらにどのような部分に着目していきたいと思っていらっしゃいますか?

 

野村先生:日本には江戸時代から「売り手よし・買い手よし・世間よし」という「三方よし」のビジネス哲学があります。そして近年はその3つに「働き手よし」「未来や次世代よし」という2つの項目が加わった「五方よし」となって掲げられることも増えています。「三方よし」にある「世間」という言葉には地域社会への貢献の意味合いも含まれていますが、「目の前の社会」との調和に留まっていて、現代社会で考慮していくべき「地球環境」や「次世代」は当然含まれていません。また、従業員は「売り手」に含まれるとも考えられますが、現在のように働き手の幸福を考えるには至っていませんでした。

 

SDGs2030年にゴールを迎えます。最終的な達成状況が確定するのはまだ先ですが、現時点ですでに達成が危ぶまれているゴールも少なくありません。いずれの目標も一朝一夕に解決できる課題ではなく、2030年の達成年度を迎えた後も、私たちは継続して挑戦を続けていく必要があります。

まとめ

「長年、企業の環境問題について研究してきましたが、“ヒト”の視点も統合して見ていく必要性を実感している」と話してくださった野村先生。貧困地域の安い労働力を酷使してモノを大量に生産するといった「利益重視」の経営は、SDGs時代の今、一時的に大きな収入を得られたとしても、長期的な視点に立てば決して持続可能ではないと主張しています。今回、環境問題や社会課題の解決に向けた取り組みが企業の価値を大きく左右するほどの判断基準になっていることを知り、非常に驚いた――というのが正直な感想です。

 

物価上昇が続く今、私たちも店頭に並ぶ商品の価格だけでモノを選んでしまいがちです。でもその安価な商品やサービスを作るために、環境や貧困地域の人々に大きな負荷を与えているとしたらどうでしょうか? 私たち消費者も、各企業と同様に環境や人権などSDGsを意識した商品選び、行動へと切り替える時に来ているのかもしれませんね。

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ページ公開日:2026/05/29

プロフィール

野村佐智代

経済経営学部 教授

野村佐智代

専門分野
財務管理論、環境マネジメント
主な学歴・職歴
  • 博士(経営学)。
  • 従来の企業評価およびガバナンスシステムをどのようにサステナブルなものに変革していくか、諸外国の現状分析および市場調査等を通じ研究。共著(編者)に『中小企業のSDGs 求められる変化と取り組みの実例』(中央経済社)、『環境経営要論』(創成社)など